序 彩られた世界

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「大丈夫よ、落ちたりしないから」  小さく微笑んだ母親の柔らかな声が響く。この先は、母の故郷なのだと聞いている。自分たちが生まれるずっと前に離れて、それきり戻ることのなかった故郷だと。  急に決まった帰省の旅に、遠くを見つめる母親の目がどことなく寂しそうで、それ以上何も聞くことが出来ないままになってしまった。おとうさんと、おかあさん。どっちも、悲しい思いなんてしてほしくはない。  不安定な吊り橋を渡り切ると、父親にぽんっと背を押された。もう走り回っても大丈夫ということだろう。振り返ると、母親に抱かれていた妹も下におろされているところだった。妹の手を取って、また駆けだす。岩に囲まれた細い道を抜けると、ふわりと鮮やかな風が吹き抜けていた。 「わぁ! すごい!」  歓声を上げた少年の声を聴き、両の親もすぐに姿を現した。そして、母親の綺麗な瞳が驚きに見開かれてゆく。 「これは・・・」  もうずっと、廃墟だったはず。  ボロボロで、何も残っていなくて、冷たく寂しい場所になっていたはず。    それが、夢でも見ているのだろうか。ここは、本当に自分の故郷なのか。     
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