出口の消えた店

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そして、このカフェの明るい内装も魅力の一つだ。日本では家も店も、会社も車も、何でも白の無地が好まれる。その点この店は違う。ベースは真っ白だが、その上に薄い青でランダムに塗り重ねられ、さらにもう一段濃い青で、アラベスク文様を適当に真似したような刷毛の跡が自由に踊っている。別に芸術的なわけでも、メッセージ性があるわけでもないだろう、多分。八つ当たりの跡かもしれないし、悪ふざけだったかもしれない。 だが僕は、デルフト焼きのあの色彩に、時にはゴッホの濃淡にさえ似ていると思っている。これだけで、日常とは別の場所に来たような気分がしてくるというのは大げさではない。 店主が描いたのだろうか。それとも業者が?ずっと気になってはいるが、聞いたことはない。 そもそも僕は店主とは最低限の会話しかしたことがないし、他の客とも話し込んでいる様子などは見たことがない。そんな店主と店の雰囲気が好きなのだ。 以前などは、オランジェットの美味しい菓子屋を見つけたのだが──オランジェットは僕の好物だ。あれは美味い。──、二度目に行ったときに早速「いつもありがとうございます」と店のマダムに言われてしまった。以後その店には行って いない。顔を覚えられ、好みを把握され、新商品を薦められ、時にちょっとサービスしてもらって礼を言い、道で出くわして挨拶する、なんてことはお断りだ。 そういう面倒から離れられることが、この店に来るのが目的の一つでもある。 テーブルと椅子は、シンプルなダークブラウンの木製だ。もうすぐ、店のちょっと広くなっているスペースに達磨ストーブを出してくれる。冬になれば完全に暖房になってしまうので、小窓から見える炎を見つめながらコーヒーを飲めるその期間は短い。 僕は勝手にその期間をだるまキャンペーンと呼んで楽しみにしている。
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