七歳

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七歳

 あの日、榛名晄介(はるなこうすけ)は饐えた体臭にえづきそうになりながら、土下座する男を見下ろしていた。型の崩れたスーツは着古され、肘がみっともなく光っている。靴には乾いた泥がこびりつき、毛足の長いオフィスのカーペットが汚れそうで眉を寄せた。 「榛名も災難だな。高校の先輩だっけ?」  居合わせた同じ弁護士事務所の同僚である岩下(いわした)は、完全に面白がっていた。榛名はレザーシートのチェアに背をもたせ掛け、冷え切った、苦味ばかりの不味いコーヒーを口にする。窓辺に活けられたカサブランカの強い香りと強烈な体臭が相まって、目眩をおこしそうだ。 「同級生だよ」  長い足を組み、おろしたばかりのカーフのシューズが、陽光で照り輝くのを見つめる。つま先の下には伏せた男の頭があった。 「二十八でこれって老けてんな。まぁ、お前が若く見えるってのもあるか」  岩下の手が伸び、色の白い榛名の頬を指の背で撫でる。榛名は細い眉を寄せ、岩下の手を振り払う。切れ長の目で睨むと、岩下はおどけた仕草で肩を竦めた。     
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