十二歳

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 涼一の担任も、星野が入院した当初からあれこれ心配し、頻繁に連絡をくれる。今日の葬式にも顔を出し、出来る限り力になるとしきりに言っていたが、榛名にはいつまで感謝する振りを続ければいいのだろうかと、面倒に感じただけだった。学校関係の書類にいちいちサインするのも、担任からの電話に応じるのも、本当は鬱陶しいし、どうでもいい。星野との約束さえ守れれば、ほかは関心無かった。  星野の看病で、職場には迷惑を掛けている。星野の借金を肩代わりした時点で既にきつい上に、保険に入っていなかった星野の治療費も榛名が出したせいで、先月は車を売って凌がねばならなかった。明日にでも職場に復帰しなければ、今の生活を保てなくなる。  このマンションを売り払い、小振りな賃貸に引っ越す手もあるが、星野と暮らしたこの部屋を出たくはなかった。 ――五年、星野と一緒に居られた。  飯を作らせれば、馬鹿の一つ覚えのようにカレーと野菜炒めを代わる代わる作ったのを思い出す。怒鳴って直させたのは、同居を初めてから二週目だ。  手頃なワインを買っておけと言ったら、やたらと不味いワインが温いまま出された。クリーニングを頼めば、受け取りに行くのを忘れる。どんくさい星野を榛名はいつもこき下ろし、顎で使った。どんな皮肉を言っても、星野はいつも笑顔で榛名の言うことをうんうんと頷いて聞いてくれた。  ただ一つ、歌だけは榛名がいくら命じても、二度と歌うことはなかった。  不意に息が詰まったようになり、肩が震え出す。目頭が急速に熱を持ち、今日はまだ泣いていなかったのを思いだした。     
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