七歳

3/12
前へ
/141ページ
次へ
「星野(ほしの)、やめろ」 「僕が彼女のバースデープレゼントに悩んでいた時には、一緒に買い物に付き合ってくれたりして、ピンクの口紅を選んでくれたのも――」 「星野! もういいって言ってるだろっ!」  口紅じゃない。グロスだ。隣のクラスのあの女の唇がてらてらと光るのを、どれほど忌々しく思ったことか。あのぷっくりとした唇で「榛名くんも彼女つくればいいのに」、そう繰り返し問われた言葉は、悪夢のように忘れられない。あれはきっとわざとだ。 「……ごめん」  怯えたように背中を丸める星野を榛名は見下ろす。  星野は榛名にとって親友ではなかった。自分が女性に興味が持てないことも、家の貧しさから、大学進学のために特待生枠を狙わなければならず、そのために必死で勉強していることも、何も星野には話していなかった。  星野は、いつも放課後は部活の弓道に精を出していて、二人が一緒にいられたのは休み時間の短い間だけだった。その間だけ、榛名は無邪気に笑う星野の隣で彼の親友を演じ、それに満足していた。あの女のための買い物に付き合った日は、二人で出かけた数少ない思い出の一つで、榛名にとっては誰にも荒らされたくない聖域のような一日だった。     
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

682人が本棚に入れています
本棚に追加