七歳

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 不機嫌な榛名の言葉に、星野は震える声を張り上げる。音痴をさらけ出して歌う星野を、榛名は腹を抱えて笑い、岩下はいつになく荒立った榛名を物珍し気に眺めた。 「久しぶりに笑ったな。もういいや。話は俺が付けておくから、岩下は出てってくれていいよ」  同僚の岩下を追い出し、榛名はもう一度コーヒーに口をつける。やはり不味い。 「ずいぶん懐かしい選曲だな」 「子どもが好きで、よく一緒に歌ってる。いま七歳なんだ」  やはり結婚していたかと、微かに落胆している自分に気付き、榛名は思わずため息を零した。忘れたと思っていた初恋に、まだ振り回されている自分が情けない。 「歌の嫌いなお前が?」 「妻にも笑われたよ。高校のときに何度カラオケに誘っても行かなかったくせにって」  あの女と結婚したのだと、その一言で分かった。女は結婚できるし、子どもも産める。当たり前のことが、反則技を使われたみたいに腹が立つ。 「……いまは子どもは?」 「向かいにあるバーガーショップで待たせてる」 「大丈夫なのか?」 「預かってもらえるところがなくて……いいことじゃないのは分かっているんだけど」 「ここに連れて来たらいい。どうせ、土下座するところを見られたくなかったんだろう? お前の都合でその子がさらわれたら気の毒だ」 「連れてきてもいいのか?」 「店の隅に座っているより、ここの方が広いし安全だ」     
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