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キュイン、キュイン。
俺の革靴が普段は鳴らさないような音を立てる。トンネルの内側はところどころ濡れていて、それが耳障りな音の原因となっている。土もないのにどこから生えているのだと聞きたくなるくらいたくさん生えている雑草と苔が朝露で湿らせたのだと理解はできるのだが、靴底のゴムとの間から漏れる不協和音は俺の背筋に鳥肌を起こす。
俺は無意識のうちに五線譜にこの音を並べる。アンダンテ、あり得ないような組み合わせのアルペジオ。
ぼわわん。
そこに時折り吹く風がメロディーを奏でる。下から押し上げるようなラルゴで響く低音。外で聞いていた風の音の印象とはほど遠い。
高音で小刻みな不協和音と低音のゆったりとしたメロディーの決して調和しない重ね合わせが、この空間の不気味さを一層増している。
何も内から音楽が浮かんでこなくなっても、耳だけは外からの音を正確に拾ってしまう。浮かんだ五線譜を脳内で破り捨て、俺は溜め息をついた。例えこれを楽譜通りに弾いたところで、いまのこの感覚を再現することはできないだろう。ただ音を再現するだけでは、何も表現できない。
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