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いつもと同じ店でいつもと同じメニューを食べているのではダメだ。
とかいう本を読んで影響されたから、今日の昼は、通りかかることはあっても入ったことはなかった食堂にした。
いつもと同じことを繰り返していると停滞するという。
現に、今の俺は仕事もプライベートも停滞している。
だからって、これで劇的に何かが変わるとは思わない。
ランチタイムの食堂は混雑していた。
外観から、こんなに人気のある店だとは思っていなかった。
カウンターの真ん中が空いて席につく。
周りは日替わり定食を頼んでいる客がほとんどだ。
…意思決定が大事だと、本に書いてあった。
流されまい、とメニューに目を通す。
カキフライの五文字が飛び込んできた。
カキフライ、食べたこと、ないな。
…死にゃしないだろ、牡蠣アレルギーもないはずだし。
そう考えてカキフライ定食を注文した。
「少し時間かかりますよ」
カウンターの向こうからふっくらした顔のおばさんがそう言った。
今更変えたくない。
「…大丈夫です」
店内にはテレビもなく、客は皆黙々と目の前に出てきたものを食べて鮮やかに店を出ていく。しばらくスマホをいじっていると、揚げたてのカキフライと味噌汁、サラダと漬物が出てきた。
初めて食べたカキフライは、思ったほど不味くない。
むしろ、美味い、気もする。
子供の頃なら嫌いだった味だ。
揚げたてだからか、タルタルソースが美味いのか、味覚が変わったのかはわからない。
ただ美味い。
いい店を見つけてしまった。
隣の席が空いたが誰も座らない。
少しゆっくりした気分になる。
両隣がせわしなく食事をしていたら、こちらもせわしなくなるものだ。
食事を終えて会計をして、店を出る。
おばさんが、引き戸に貼ってある、日替わり定食のホワイトボードを片付けに出てきた。
ホワイトボードの下から、引き戸に印刷された営業時間が現れる。
11時から21時。
日曜は定休日。
おばさんは機嫌がいいのか、ついでに引き戸を拭き掃除しながら、小声で歌っているのが聞こえた。
「悲しみはー雲のー果てにー悲しみはー雲のー果てにー」
それ歌詞違うだろ。
あれ、でも本当の歌詞はなんだっけな。
思い出せなかったからすぐに忘れて、午後からの仕事に向かった。
劇的に何かが変わるわけ はなく、漫然と一日は終わった。
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