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女は、ハロウではなくしづくを見ていた。
「ハロウとの面会時間は終わり。薬はちゃんと飲んだ?」
酒焼けしたような、かすれた声だった。
しづくはその女に向かって、口を大きく開け、「べーっ」と舌を出した。
ハロウは、マダムと呼んだ女の足元にすり寄り、懇願するように言った。
「な、何故です、マダム! お、俺、もっと掃除を頑張ります! だからもっとしづくと会わせてください!」
マダムは冷たい瞳でハロウを見下す。
「お話はキッチンでしましょう、ハロウ。さ、しづく、もう読書の時間です」
彼女は棚から一冊の本を取り出した。
それは汽車の魅力が描かれた、幼児用の絵本だった。
「ああ、そうだ、その前に繰り返して」
そう言ってマダムは、しづくの頬を合掌するようにして撫でると、呪文のようにこう唱えた。
「『わたしは、この家が大好きです。この家は安全で楽しいです』。はい」
すると、しづくは虚ろな目をして反芻する。
「ぼくは、この家が大好きです。この家は安全で……楽しいです」
「よくできました、良い子、うん、良い子。あなたの両肩には天の使いがいて、あなたの良い行いも悪い行いも、見ているからね」
と言ってマダムは満足そうに、しづくの柔らかな髪の毛を撫で回した。
「……はい、ママ」
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