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稲光が黒雲を裂く。いつの間にか、月は隠れ、辺りは暗闇に包まれていた。
雨粒が、ヤトゥリバの素顔にかかる音がハッキリと聞こえた。
「ヤトゥリバたち……最後の……つぐない」
その視線は虚ろながら、しづくに真っ直ぐに、注がれていた。
「苦しめたかった……自分を……君と接して」
ハロウには理解できなかったが、しづくにはわかった。その言葉は、敢えて人間の姿でしづくに揚げ菓子を渡した理由についてだった。
ヤトゥリバはつるぎの誰よりも子どもを愛した。
子を持つ親として、我が子だけでなく、すべての子どもを愛した。
つるぎとして敢えて汚い仕事をした。それは純真な責任感があってこそだった。
ヤトゥリバはそれから人類を裏切り、子どもを狩る存在となるが、その痛みから逃げなかった。
避けることも出来たが、自身を罰するようにして向き合ったのだ。
ハロウと戦う直前、しづくに揚げ菓子を渡したのは、その愚直な心境の発露であり、自身への戒めだった。
そしてそんな大人の複雑な心境に加え、もう一つ、簡単で優しい理由があった。
「お腹……空かせてんのに……さらうのは酷だろ……」
誰に訊かれたわけでもないが、彼の脳裏に残った、強烈な意志が言葉として溢れた。
恐らく、それを反芻して行動に至ったのだろう。
「こんな世界じゃなければ……立派なお父さんだったんだ」
思わず出たしづくの言葉だった。
しかし言われた本人はというと、首から力が抜け、その瞳は一点を見つめるだけになっていた。
七つのつるぎの一角、悪夢とよばれたヤトゥリバは、ハロウとしづくが見守るなか、静かに旅立っていた。
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