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叫ぶ。
叫んで、気づく。
間に合うはずがないと察する。
運転手が急ブレーキをかけた。
老婆が怯えて屈み込んだ姿まではっきりと見えた。しかし僕の悪い予想は外れた。スリップしたものの列を抜けた直後という勢いの無さが功を奏し、直前のところでタクシーは停止した。
「な、なに考えて……っ!」
僕は憤って運転手の肩に手をかけようとし、そしてその瞬間、経験のない衝撃が右半身に伝わった。
痛い、体が、痛い。
全てがスローモーションになった。
路面の凍結にご注意くださいと書かれた電光掲示板が視界に映る。僕らの乗っていたタクシーは急停車に成功した。けれど、間に合わなかった車もあったのだ。
意識が、薄れていく。
感覚が、そぎ落とされていく。
右側から直進して来ていた車の先端に突っ込まれたと分かった。スローモーションになった世界で、事故に合ったという事実が理解できた。路地に入り込む直前で急停車すれば、道路を走っていた車も僕らを避けようと急停車を余儀なくされる。僕らの乗っていたタクシーは、その被害に合った。
「……ゆ、夢野さんっ」
彼女を見た。
彼女は幸い意識を保っているようだった。
「雫くんっ……っ!!」
今朝は半分程しか開いていなかった瞼を極限まで持ち上げ、僕の名を呼んでいた。
その体に目に見える異常がない事を確認し、僕は、瞼を閉じた。
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