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俺は今、彼女を見つめている。
ベットに横たわる彼女の傍らに佇み、グリム童話に登場する姫に似た、古雅な彼女の寝顔を見つめている。
悪しき魔女に卑劣な呪いをかけられた彼女を、じっと、二つの瞼が持ち上がる瞬間を求め、ずっと、見つめている。
しかし、この場に姫の望んだ王子が現れ、その桜色に色づく頬への口付けで彼女を呪縛から解放してくれることを「願う」権利も、俺自身がその王子になり替わって「行動」する権利も、今の俺は持ち得ていないと思う。俺は既に、何度も忠告したのだ。
その時、ふと思った。
姫のあの悩ましい微笑を王子が最初に見たのは、いつ頃のことだったのだろうか。
そうだ。
王子が初めて姫と出会い、瞳を奪う程可憐に咲いたその向日葵を見たのは、王子がこの世界に足裏を付けた日、その瞬間。
視界に映るすべてのものが暗転し、知らない場所に一人放り出されてしまう、あの瞬間。あの絶望の瞬間を俺はよく、知っている。
神が世界に降り立った日。
ノンフィクションであるこの物語は、その瞬間から始まったのだ。
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