青い海、夏の嘘

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 不思議なことに、悪い出来事は必ず同時にやってくる。  翌日、ずぶずぶと沈み込んでいきそうな身体を無理やり引きずって、取引先へと向かった。 「御社との取引をね、やめさせていただこうと思っているんですよ」  拍子抜けするほどあっさりとした調子で告げられる。 「最近は海外のモノも充分に品質が高いですから」 「何よりコストを下げないといけないでしょう?」 「うちも利益が出なければ商売できませんよ」  それでも長い年月をかけて築き上げてきた信頼というものがあるはずだ。そう言っても、結局は利益のためだと取り付く島もない。 「より良いものに乗り換えようということに、何の問題があるんですか?」  これは仕事の話。そうわかっているのに、まるで透自身のことを言われている気分になる。相手にとって価値が低くなれば、見向きもされなくなる。そう、何も問題はない。ただ輝かしい<先みらい>へ向かって歩いて行く後ろ姿を見つめながら、自分だけがぽつんと一人取り残されて、身動きもとれなくなるだけだ。  なんとか結論を保留してもらい、会社へ戻って報告を終えたときには、精神的にも肉体的にも吐きそうなほど疲れ果てていた。外はすっかり暗くなり、街の灯りがチカチカと目に刺さる。体中に纏わりつく生温い空気も鬱陶しく、早く帰りたい一心で足早に歩く。そのとき、ふと幟のぼりに書かれた大きな文字が目に飛び込んできた。 『サマーバケーション!この夏、最高の思い出を作ろう!!』 「バケーション、ねぇ……」  今の気分にはまったく響かない謳い文句に、少しだけうんざりとする。煌々と光る看板の下には、カラフルな冊子やチラシが多数並べられていた。なぜだかその色彩にふらふらと吸い寄せられ、おもむろに一つの冊子を手にする。ぱらぱらとめくり、偶然開いたページの片隅に載せられていた小さな写真。その青に目を奪われ、息を呑む。透の足は、無意識に店内へと向かっていた。
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