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二人で一緒に住もう、旅行しようと貯めていた金は、ここに来るためにほとんど使い果たしてしまった。それでも、少しも後悔なんてしていない。この景色を目にして、風を感じて、潮の香りを吸い込んで――すさんでいたはずの心は、いつの間にか目の前の海のように、穏やかに凪いでいた。それだけで、ここへ来た価値は充分にあったのだと思う。
ユージンも同じように、海を見つめていた。二人の間に言葉はない。しかし不思議と、今この瞬間に同じ気持ちを共有しているのではないかと、そう思えた。二人だけの静かな時間が、ゆったりと流れていった。
ぐぅぅ……
あまりにも情緒のない音が、静寂の中に響き渡った。透は耳の先まで一気に赤くなるのを感じ、いたたまれなくなって顔を伏せる。
「お腹空いた……」
そういえば、朝から何も食べていない。ユージンは一瞬呆気にとられ、それから大きな身体を揺すりながら笑った。近くを歩いていた鳥が、その声に驚いてばさばさと飛び立つ。
顔をうずめている透の腕に、ユージンが優しく触れる。そのまま腕をとって、透を立ち上がらせた。何か言いながら、親指で海辺に広がる小さな街を指す。
(飯でも食おう、って言ってるのかな)
ユージンはこの異国の地で出逢ったばかりの人間だ。それでも透は、なぜか目の前の人物に既に親しみを覚えていた。二人の感覚が繋がったように思えた、そのひとときのせいだろうか。
透が付いていく意思を見せると、ユージンはそのまま手を取って歩き出した。手を繋いで歩く必要はないのではないかと言いたかったが、言葉で伝えることができない。優しく、包み込むように握られた手を自分から解くことは、今の透にはできなかった。
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