青い海、夏の嘘

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 ユージンが案内したのは、海辺からほど近い場所にある、こじんまりとした店だった。観光客も少ないこの小さな島で、住民の食堂のような役割をしているのだろう。派手さはないが、どことなく居心地の良い雰囲気が漂っている。ユージンは常連なのだろうか、店主と気さくに会話を交わしていた。 「――――トオル」  不意に自分の名前が呼ばれた。店主がカウンターから出てきて、握手を求められる。陽気な印象の顔立ちをさらに輝かせて、なにやら楽しげにまくし立てているかと思えば、両手をがっしりと握り直し、その手の甲に口づけてきた。 「ニック!」  ユージンが店主に向かって咎めるように小さく声を上げ、握った手を離させた。ニックと呼ばれた店主は肩をすくめて透と目を合わせる。そのままにやりと笑いながらユージンの肩を叩き、カウンターの奥へと戻って行った。 「美味しい…!」  少々軽薄な店主の作る料理は、想像を遥かに上回る旨さだった。新鮮な海産物をこれでもかと贅沢に盛り込むことができるのは、海辺の街の特権だ。店主の気質を表しているかのように、バランスというものを全く無視した色とりどりの野菜が、かえってこちらの気分までも陽気にさせる。     
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