(二)

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 覚悟を決めろ。そう自らに言い聞かせた一夕はそそくさと朝食を済ませ、部屋を辞去した。そのまま邸を出て、南の山裾に広がる畑を見た。弟子のトメが一心にクワを振るっている。その姿を遠く見ながら、一夕は漁師の加東の話を思い出した。  十六年前、村から脱走した加東助正。生きていれば、四十代後半になっているはずである。  しかし弟子の中に相当する人物はいなかった。左肩にあるという火傷の痕を確かめるまでもない。やはり、加東助正はこの島に逃げ込んではいないのか。 「――」  ふと、一夕は気付いた。  それとも、勝手に上陸した加東助正を空蝉が海に放り込んだとか……? 例えばそう、下男の次郎吉に命じて――。  海に叩き込む。魚の餌にする。夕べ、そう言い放った空蝉は本気だった。虚勢でもなんでもない。あの木龍が怯えていたくらいなのだ。  次郎吉の鋭い刃物のような威圧感。空蝉が彼を門番代わりにしているのも頷ける。小柄ではあるが屈強な次郎吉であれば、招かれざる島の闖入者を海に叩き入れるくらい簡単であろう。  急に恐ろしくなった一夕は、とっさに昨日の道を桟橋のほうへと向かった。自然と小走りになってしまう。  程なく現れた桟橋は、昼の陽光のもとで見ても寂れていた。けれど潮の匂いと、穏やかに打ち寄せる波の音が一夕の昂ぶった気持ちを鎮めてくれた。
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