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牛島光平。美大卒業後、バイトをしつつ細々と自作を制作している聖と違い、就職して平凡ながら明るく健康的な日々を送る幼馴染み。幼い頃から内向的だった聖にとって、唯一心からくつろげる存在だった。
単独で来てもよかった。けれど、何かが決定的に足りなくなる予感がした。だから光平を誘った。思いがけない遠出に彼は喜んで、有休まで取って同行してくれたのだった。
「あんた。透明だねえ」
空蝉がぽつりとつぶやいた。はっと聖は顔を上げた。
「え?」
「ものを創ってるわりに、色がないよ。もしかして、あんたは別の何かを埋め合わせたくてアートとやらをやっているのかもしれないね」
「……」
「でもね。あたしはそこが気に入ったんだ。あんた、きっときれいな色が出るよ」
「色――」
「その色が、見たくないかい?」
にぃ、と空蝉の唇が真横に伸びた。笑ったのだ。美しいのに、どこか陰惨な翳があった。
ふと、空蝉の右頬に薄い痣があることに気付いた。火傷の痕か。美しい彼の、かすかな綻び。その様がよけいに彼を完璧にしている気がした。ぞく、と聖は腹の底から震え上がった。
何かが現れようとしている。今まで見たこともない、とてつもなく奇妙なもの。異常なもの。けれど。
愛おしいもの――。
「はい」
頷いていた。自分でも驚くほど、明瞭な声が出た。
「分かりました。モデルをやります」
光平がゆっくりと自分を見たことを感じた。画室の中が、心なし翳った気がした。
ころろ、と空蝉が笑った。
「ああ。かわゆいねえ」
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