72人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
そこには鋏やカッター、ドライバーなどが整然とケース類に入って並べられたおり、千尋は思わず足元に目をやった。そこにはもう飛び上がったりはせず、おとなしく無言で自分を見上げている猫がおり、彼女は内心で動揺する。
「お姉さん?」
「あ、ああ、ごめんなさいね? 鋏を見つけたから、切って調節してあげるわ」
しかし怪訝そうに少女に声をかけられた千尋は、我に返って鋏を手にカウンターに戻った。
「これで大丈夫かしら?」
「うん」
「ちょうど良いね。ありがとうございました」
「どういたしまして」
妹の身長に合わせて紐を切り、元通り持ち手の留め具を填め込んだ千尋は、満足した姉妹を見送ってから、店の奥に視線を向けた。そして幾らか逡巡する素振りを見せてから、控え目に声をかける。
「その……、クロとやら……」
その声に、椅子の上にいた猫は、無言で顔を上げて千尋を凝視してきた。そんな猫に向かって、千尋が素っ気なく礼を述べる。
「偶然でしょうけど、さっきは助かったわ」
「なぅ」
「……本当に状況が分かっているわけ?」
小さく頷いたクロは、まるで「気にするな」とでも言うように短く鳴いただけで、再び頭を下げて目を閉じた。それに懐疑的な目を向けながら、千尋は小さく溜め息を吐いた。
最初のコメントを投稿しよう!