肆:刻まれし罪

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       * 「カカ様」 気取った女の呼び声。 幾年(いくとせ)も【この魂】に寄り添い続けた伴侶(つれあい)のものだった。 自分の頭を支えた、やわらかなひざ枕の持ち主を見上げる。 ふっくらとした頬と丸い鼻に、分厚いが小さな唇。 常に真実を見極めようとする、鋭く細い眼。 「猪子はいつ見ても、美しいおなごじゃ」 白昼夢から覚めた心地のまま、焦点を一瞬だけシシ神の“化身”に定めたあと、ヘビ神の“化身”は目を閉じた。 「……我を、非道な神獣(かみ)と思うか?」 「カカ様ほど情け深いお方を、わたくしは知りませぬ」 「……上手い言い逃れをする」 道理を外れていても、情は捨てていない。 いや、いっそ、情けがあるゆえに導いた『道』なのだ。 「かの者らの行く末をご存じでおられたからこそのお導き。 いずれ“花嫁”自身も、なぜ己が【選ばれたのか】理解いたしましょう」 過去も現在も未来も。 無数の選択の上に成り立っている。 『始まり』と『終わり』は定まったものだが、そこに至る『経緯(いきさつ)』は、それぞれが選び、つかみ取るものだ。 速男はそれを、明確に悟らせただけ。
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