肆:刻まれし罪

23/28
前へ
/93ページ
次へ
「それでも治まらぬというなら、そこにある(さかずき)神酒(みき)を注ぎ、呑めば気も休まるはずじゃ。 それは“忘却の盃”というてな。おぬしがこの世界で見聞きしたすべてを、忘れ去ることができる」 「……お前はっ……!」 淡々と自分との別れを進めようとする黒い神の獣。 百合子は、腹の底から猛烈にわき上がる悔しさに、言葉に詰まってしまった。 自分ひとりが彼との繋がりを無くすことを、惜しんでいる気がしたからだ。 (私は、なんのために──) 自分でも持て余すほどの怒りは急激に反転し、虚しさが胸のうちに広がった。 コクコの胸ぐらをつかんだ指先から、力が抜ける。 百合子を“陽ノ元”に繋ぎ止めた心残りの糸が、ぷつんと切れかかった、その時。 百合子の目に、コクコの着物の合わせからのぞいた傷痕が飛びこんできた。 『これが、わしの“役割”じゃ』 自分で自分に言い聞かしていた、哀しい瞳をした少年。 容易に消すことができる傷痕を、あえて残している意味──。 百合子は、自分を落ちつかせるように息をついた。 「……私は、すでにお前の“花嫁”なのだぞ」 「百合……?」
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

147人が本棚に入れています
本棚に追加