7人が本棚に入れています
本棚に追加
『すき』
すり替えた手紙にはその一言だけが印してありました。私の窮余の策。
以来、教授は毎日私に点字の手紙を書かせました。
『あのおんな』
『かねめあて』
『だまされてる』
私はそれを変換し、愛の言葉に書き換えます。
『あいしてます』
『いとしい』
『いっしょにいたい』
時に自分で書いた点字の突起に指を這わせ、二人の感触を想像することもありました。撫でてみる。指の下で、突起が大きく膨らむ。
奇妙な言葉の逢瀬。私はお二人の間を繋ぐ、いわば伝書鳩でした。
旦那様は時に、紙を柔く摘まみ、くしゃりと潰してしまうこともありました。そうして上目づかいに私を見るのです。私は彼の指先で潰された言葉を熱く思い返しながら、唇を動かし、そっと旦那様にお教えするのです。
『おしたいしております』
誰に言っているのか分からなくなります。誰が、誰に、何を訴えているのか。私は一心に紙に言葉を書き続けます。触れて、撫でて、押すと、湿ったものが飛び出してくる言葉。
最初のコメントを投稿しよう!