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『すき』  すり替えた手紙にはその一言だけが印してありました。私の窮余の策。  以来、教授は毎日私に点字の手紙を書かせました。 『あのおんな』 『かねめあて』 『だまされてる』  私はそれを変換し、愛の言葉に書き換えます。 『あいしてます』 『いとしい』 『いっしょにいたい』  時に自分で書いた点字の突起に指を這わせ、二人の感触を想像することもありました。撫でてみる。指の下で、突起が大きく膨らむ。  奇妙な言葉の逢瀬。私はお二人の間を繋ぐ、いわば伝書鳩でした。  旦那様は時に、紙を柔く摘まみ、くしゃりと潰してしまうこともありました。そうして上目づかいに私を見るのです。私は彼の指先で潰された言葉を熱く思い返しながら、唇を動かし、そっと旦那様にお教えするのです。 『おしたいしております』  誰に言っているのか分からなくなります。誰が、誰に、何を訴えているのか。私は一心に紙に言葉を書き続けます。触れて、撫でて、押すと、湿ったものが飛び出してくる言葉。
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