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 盲目、女性人文学者、K大学人文学部主任、著名人……世間での教授の呼ばれ方は様々です。けれど彼女にとって一番の栄誉は、あの方の妻と言われることなのではないでしょうか。  旦那様は目の見えない教授の、文字通り杖となり活躍を支えています。メディアにも顔を出すようになった教授に注がれる視線は、当然のことながら、彼女を献身的に支えるあの方にも集まります。  端正な面立ち、歳を感じさせない真っ直ぐ凛とした佇まい。黒と白の色が入り混じる髪は、まさに少年と壮年の男性が混じり合ったあの方そのものです。  教授は旦那様に、資料や本を読み聞かせてもらうことを常としていました。彼女は学問以外の本もたくさん読まれます。その興味の範囲はとても広く、音楽や絵画、宇宙や昆虫、果てはガーデニングや金魚の育て方まで。旦那様は妻に思いつきで乞われるたび、彼女の興味の対象書籍を探し回り、買い込まれてくるのでした。おかげで、私がいつもお掃除させていただいている書斎は、さながら教授の頭の中の博物誌です。  その片隅にぽつりと紛れた私の恋愛小説は、清冽な湖面を乱す一つの小石でした。頑としてある無垢は、他愛のないものにほど屈する。なぜか、私は少しだけ、教授を支配した気持ちになる。
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