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本を読む時、書斎に入られるのはいつもお二人だけ。二人が書斎に籠もってしまうと、いけないことと知りながら、私は足音を忍ばせて扉にそっと耳を付けてしまいます。
今日はどの本?
旦那様の優しい声が聞こえてくる。
そうね、じゃあ苺さんからお借りした本を。
教授が答える。私の身体が嬉しさと悦びで熱くなる。
本を読む旦那様の声が聞こえてくる。私が選び、旦那様が読み上げる愛の言葉の数々。それが琥珀色をした蜜となり、教授の耳に注ぎ込まれていく。仄暗い細胞を湿らせる。私の本が旦那様の吐息で膨らんでいく。少し大人になって、戻ってくる──
ところが今日は少し様子が違いました。甲高く鳴り響いた電話の音が、無情にもお二人を裂いてしまったのです。無粋な音。私はあわてて玄関ホールにある電話に飛び付きました。
相手は女性の方でした。名乗りもせずに、いきなり旦那様を名指しし、「いらっしゃる?」。その傲慢な声音は、今の今まで甘い蜜の音に浸っていた私には鋭すぎるものでした。
おそるおそる書斎の扉をノックし、旦那様に取り次ぐと、彼は束の間表情を曇らせてから書斎を出て行きました。声の名残りが部屋に満ちています。その残り香を密かに吸い込もうとした時でした。ぽつりと教授がつぶやかれました。
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