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それからの私はさらなる点字の習得に励むようになりました。少しずつ増える言葉、文章、それらを薄桃色の紙に点字で書いては、教授に読んでいただきました。
私は教授の指先が、桃色の突起を、こり、こりと小さく円を描くように撫でる様がことさらに好きでした。彼女の手の下で、桃色の突起が大きく膨らんでいくように思えました。私の打った言葉が、彼女の指で、昂らされている。
「しろいいろ しろでかくす いろいろなしろいいろ」
そんな他愛のない言葉が、大きく大きく立ち上がり、意味を持つのです。
「いろいろな しろ きれい きたない」
教授は紙面に指を滑らせながら、少し表情を暗くして言いました。
「苺さんが貸してくれる小説も点訳できたらいいのに」
その寂しげなお顔に、私も悲しくなってしまいます。
──ここ最近、旦那様が教授のために本を読む時間は目に見えて少なくなっておりました。ご自身のお仕事が忙しいとのこと。教授の表情は日に日に暗くなっていきます。私は元気をなくしていく教授が心配で、様々な詩を選んでは点字で綴り、読んでいただくことしかできませんでした。
そんなある日のことです。珍しいことに、私の終業時間になるまで旦那様はご帰宅されませんでした。教授は見えぬ目で窓の外の暗がりをじっと見据えておりました。私がおずおずと帰る挨拶をすると、やっと顔を上げ、闇を宿したままの目でぽつりと言いました。
「ねえ苺さん。点字で手紙を書いてくださらない」
「えっ?」
教授は語り聞かせるように、ゆっくりと続けました。
「『う ら ぎ っ た』」
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