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息を呑みました。裏切った……?
「あの、あの、教授」
「お願いね……苺さん。明日には持ってきて」
一瞬宿った笑みが、仄暗く輝きました。頼りなげな姿に、奇妙な輪郭をもたらします。私は半ば呆然と教授の家を出ました。どうやって帰途についたか覚えていないほど混乱しておりました。
裏切った。
誰が。
誰を。
あの数文字だけなら造作もないこと。その言葉を教授が読ませようとしている相手──私には一人しか思い浮かびません。私は悩みました。悩んで、悩んで、とうとう、ある方法を思い付きました。
次の日。私は持参した手紙を教授に渡しました。教授の指先が言葉を読みます。私は緊張してその手元を見つめておりました。
「ありがとう。苺さん」
教授は読んだ一葉を書斎机の上に置きました。その時、扉が開く音がしました。
私はとっさに机上の手紙を隠し持っていた一葉とすり替えました。間一髪。教授は気付かずに入ってきた旦那様に言いました。
「あなた。これを読んでくださる?」
私がすり替えた一葉を旦那様が見下ろします。私の心臓が激しく暴れます。旦那様は長身の身体を大きく屈ませ、いつものように、ゆっくりと紙面を撫で始めました。
やがて顔を上げた旦那様は、少しだらしなく開いた唇をぺろりと舌で舐め、教授を見下ろしました。私はどきどきして目をそらせました。一心に祈ります。
旦那様の指にちゃんと伝わってくださいますように。
二人が仲違いなどしませんように──
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