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すでに逃げる気も失せていた。夢ならきっと醒めるだろう。
やけにリアルな頬の痛みと、雨の冷たさを感じながら、そんなことを思う。
颯真は倒れたまま、その場を動けずにいた。
引き金に手がかかるのが見えた、そのとき。
襟首をつかまれ体がぐいっと後方へ下がった。
銃弾はすかさず足元をえぐり、自分がいた場所を削り、顔の横を滑っていった。
「……!」
声を上げる余裕なんてなかった。
「何を呆けている。死にたいのか」
はたまた背後から聞き知らぬ声がした。
振り返ろうとしたときには、声の主はさっと前方へ躍り出ていた。
陣羽織姿の青年は刀を抜き駆け、目にも留まらぬ速さで次々と敵を切り伏せていく。斬られた敵は地に伏す直前に青い炎を上げながら消えていった。
彼の刃が華麗に舞う様は美しく、まるで一陣の風が駆け抜けているようで――。
闇に白の陣羽織が翻る。時代劇の殺陣を見ているみたいだった。
唖然として見入っているうちに、敵の姿は一人も残すことなく、跡形もなく消えていた。
「……」
青年は刃をくるりと回すと、腰の鞘に滑らかに納め、呆けたまま座り込んでいる颯真を横目で見遣る。
前髪からのぞく切れ長の目は冷ややかだ。
総髪を一つに結い上げ、額には白鉢巻に黒の鉢がね、藍色の着物に裾を絞った裁付袴。 腕には金糸で模様が描かれた手甲をはめ、まさしく戦装束といった井で立ちだ。
雨の中に凛と立つ姿は、香り高い百合の花を思わせた。――男なのに。
「……いくら何でもかっこよすぎ。別の意味でも何者だよ」
思わず口走ってしまった颯真を、青年はますます胡散臭げに見つめる。
そのとき、耳を裂くような音が辺りにこだました。
落雷だと思ったときには、颯真の意識は遠くへと落ちていった――。
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