第一章 時をさまよう風

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 理由は確か、会津藩祖の保科正之公が眠る墓所があるので、派手な色にはできないから、とも白は神聖で清廉潔白を表しているから、とも言われている。  どちらにせよ、颯真にとってはどうでもいいことで。 「ふぅー。やっぱり夜の神社は雰囲気あるねぇ」  裕一がわくわくとした様子で言う。  しかし幽霊の噂が絶えない神社である。相乗効果で闇がさらに不気味に見えるのだが、能天気なのかそれとも肝が据わっているのか、裕一は先を急かした。 「分かったから、押すなって」  そんなに行きたければ自分が先導すればいいものを、裕一はなぜか颯真の後ろをついてくるのだ。  石橋を渡り、鳥居を抜ける。  川のせせらぎが闇を流れ、虫の音がはりつくように合わさる。  懐中電灯の光に誘われて、蛾がまとわりついてくる。その不快さに顔をしかめ、手で払いながら、颯真は石段に足をかける。 「まだ行くのか」  虫ばかりが寄ってきて、肝心の幽霊など見当たらない。予想通りである。  この石段の先には拝殿があり、その脇道にある杉に囲まれた参道を行くと、会津藩祖保科正之公の墓所がある。 「せっかくだからさ、行ってみようぜ。墓所なんていかにも出そうじゃん」 「ばちが当たるぞ」  保科正之公は今から四百年余り前の人物である。会津藩の始祖であり、善政を行った名君として知られる。会津の人たちにとって特別な存在なのだ。  彼が残した『会津家訓十五カ条』は以後、藩の行動指針として掲げられ、のちの戊辰戦争での会津の悲劇につながるといわれているのだが、歴史好きでもない颯真にとってはあまりぴんとこない話でもあった。  ただ、保科正之公が昔も今も、会津の人々に大切にされてきたことはよく知っていた。 「墓所まで言ったら引き返そうぜ。こんな中途半端で帰るなんて消化不良じゃん」 「無駄だと思うけど」  反論するのも面倒になった颯真は、溜息をつきつつ、石段を上るのだった。
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