4、トマトジュースと完璧主義

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「アンタなんかに歩美をまともに育てられる訳がない。離婚したことをせいぜい後悔することね」 姑の電話越しのわめき声は捨てゼリフとともに一方的に切断された。 プライドの高い姑だった。 奈々美が離婚に踏み切った原因は元旦那の度重なる浮気。専業主婦だった奈々美がまだ5歳の歩美を抱えて離婚することに対し、躊躇が無かったといえば嘘になる。だが、流石に自宅へ女を連れ込んでベッドに入っているのを目撃したときは堪忍袋の緒が切れた。 姑は自慢の1人息子が嫁に捨てられるという事態に我慢がならなかったらしい。それで最後にこのような捨てゼリフを吐いたのであろう。なお、離婚調停時に定められた養育費が支払われたのは離婚後数ヶ月だけ。あとは一切支払われていない。 歩美をまともに育てる。 離婚後、ただそれだけを思って突っ走った。 見つかった仕事は小さな食品工場での立ち作業だけ。時給も800円とかなり安い。残業を何十時間もやってようやく切り盛りできる生活。その中でも洗濯、掃除、育児は待ってくれない。奈々美が取れる睡眠時間は1日3時間半程度だった。 そんな中、事件は起こった。 機材の一部が商品に混入してしまったのである。同日に同ラインで生産された商品はすべて回収。損害は数百万円にのぼった。 機材を担当していたのは奈々美だった。 「これだから子供を抱えた女は」 買い主から送られてきた部品の写真を見つめ呆然とする奈々美の後ろから小さな男の声が冷ややかに聞こえた。 上司は、今後気をつければいいと言ってくれている。 でも、この小さな声こそ、社会の声だ。元姑の声だ。 このままでは、生き残れない。 誰よりも成果を挙げないと。 その日以来奈々美の生活はさらに仕事一色になった。家に帰るのは夜9時過ぎは当たり前。朝は6時半には家を出る。ご飯を作る暇などない。娘に毎日ゴメンと心の中で謝りながら夕食用の千円札を置いて職場に行く、孤独な闘いの毎日が続いていた。 娘のご飯すら作れない自分が、奈々美は大嫌いだった。 パーフェクトにこなせない自分が大嫌いだった。 自分から離婚を選んだのだから、すべて完璧にこなせて当たり前と思っていた。
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