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2、ハンデ戦
教室に強い西陽が差してきている午後3時半。歩美の母親、橋本奈々美は教室の扉を開ける。
「どうぞ、お掛けください」
そう言って早織は奈々美に着席を促した。
奈々美が椅子に腰をかけると、向かって早織の右隣りに座る男性を一瞥し、視線を再び早織に戻した。
「こちらは……?」
怪訝そうな顔で奈々美は早織に尋ねる。
「ええとですね、こちらは」
「学年主任の川口と申します」
そう言って川口は軽く礼をした。
「歩美さんは授業中もちゃんとおとなしく聴いてくれていますし、勉強面では問題ありません。今は算数でかけ算九九をやっていますが、そちらもしっかりできるようになってきていますね」
早織は笑顔で歩美の様子を報告する。
「そうですか」
奈々美は疲れた表情で気のない返事をした。
「ところで……」
早織はそう言ったところで話に間を置いた。
「何ですか?」
奈々美は表情を変えずに言う。
「実はこの間の図画工作の授業で、歩美さんが泣き出してしまいまして……」
早織は恐る恐る話を切り出した。そして、歩美が全く絵が描けなかった経緯を丁寧に説明した。
奈々美の眉が少しだけつり上がった。
「それで、何なんですか?」
「ですから、もう少し温もりのある食事を……」
「小娘のくせに生意気な口きくんじゃないわよ!」
奈々美が早織にピシャリと言い放った。そして堰を切ったように言葉を連ねた。
「母親にもなったことのない人に言われたくないわよ。女手1つで娘1人を育てるのがどれだけ大変なことかも知らないくせに。公務員はいいわよね。生活は安定しているんだから。でもね、私みたいに専業主婦経由でバツイチ子持ちになった母親にはそんな安定なんかないのよ。働いて働いて働いて働いて働いてやっと娘1人を育てられるの。分かる?分からないわよね!」
奈々美の胸が小刻みに動いている。その様子を見て早織は呆気にとられ、何も言い返せなかった。
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