石板

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 私はその瞬間、全力で大理石の床を蹴り、駆けだした。そして、右手の冷たい感触を感じ、陛下に向かって突撃する。  静寂が場を支配する。陛下に覆い被さる私の右手には、無骨な短刀。その刃先は、深々と、陛下の脇腹に突き刺さっていた。  陛下はうめき声も出さずに動かなくなる。ただ、面食らった表情だけを顔に浮かべていた。  私のするべきことは終わった。すぐさま謁見室は混乱に包まれる。周りの近衛兵たちは私を縛り上げ、拘束した。私は抵抗せず、されるがままにしていた。  私はそのまま仄暗い牢に入れられた。皇帝を殺害した私はきっと、執拗な尋問の末処刑されるだろう。  独房の冷気が私の頬を撫でる。しかし、何故かこの空気が心地よかった。私は犯罪者だ。しかも、皇帝を殺害するという、恐らくこの国で最も重いであろう罪を犯した。  ……全ては未来のためだ。あの石板の予言で未来を知った私は、その罪を犯す義務を背負ったのだ。  あの皇帝は他国の傀儡だ。あの崇高な予言書に書かれていた未来では、あの皇帝は、この国を売ったのだ。この国の安定を売り、自分の利益を優先した、卑劣な王なのだ。  しかし、この未来を知っているのは私以外いない。ならば、私以外に国を守れる人はいない。だから、私は現皇帝を殺め、この国を、この国の未来を救ったのだ。     
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