死に至る病

＊

『山手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした。』

僕は目の前に映し出された光景を見てこの言葉を思い出した。

高一の時に習った「城の崎にて」の書き出しである。
今僕の目の前で踏切に飛び出した少女は志賀直哉の様な軽傷では済まないだろう。

先ほどまで携帯を凝視していた学生や大人達が顔を上げ、途端に少女の姿に釘付けになる。
たくさんの瞳が驚きと恐怖の色を浮かべて揺れていた。

踏切警報機の無機質な音、耳をつんざく急ブレーキの音、けたたましく鳴り響く警笛の音──様々な音が錯綜する中、脆弱な少女の身体は一瞬にして電車の下敷きになる。

車輪は火花を散らしながら少女を轢き続け、その小さな身体はじわりじわりと赤い肉片へと変貌していく。

踏切周辺は騒然となり、周囲には焦げ臭い匂いが充満していた。

僕は自分の頬に飛び散った赤い液体を拭いながら目の前にあるそれを見下ろす。

黒く焦げた長い髪。ぼろぼろに汚れた制服。大きな切り口が開いた胴体。
そこから溢れだす腑(はらわた)。残虐に切断された腕と脚から飛び出る大量の血管──

「…おい、中夜(ちゅうや)。もうそれ以上見ない方がいい。」

そう言って急に僕の肩を引っぱったのは、いつも一緒に登校している親友の汐(うしお)だった。

「…そうだな。」

僕はそっと死体の側から離れ、汐と共にその踏切を後にした。