出会いと契約編1

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出会いと契約編1

 薔薇の香りに包まれる初夏、とある侯爵家主催の花見の会で、プリシラ・メイヴィス・ランブロウ伯爵令嬢はたちの悪い男に絡まれていた。 「ランブロウ伯爵令嬢……いや、プリシラ! ぜひともこの私とあちらで美しい薔薇を愛でながら、語らいましょう」  男は主催者であるマクブライト侯爵の三男で、デズモンドという名だ。親しくもないのにいきなり名前で呼ばれ、プリシラは不快だった。けれど、主催者の子息を無碍(むげ)にできず困りはてていた。 「いかがですか? 我が屋敷のバラ園は。昼は色を、夜なら香りを……花は一日中、私たちを楽しませてくれるものです」 「は、はい。このような見事な薔薇園ははじめてで、感動しております」  薔薇が美しく、感動したのは本当の話。けれど早く薔薇園から立ち去りたい気持ちで、プリシラは一歩後ずさる。 「あちらに、普通なら招待客にもお見せしない場所があるんです。あなたには特別に……」  ぞわっと、鳥肌が立った。そういった常識を持ち合わせているプリシラは、言葉の意味をそのまま受け取るほど迂闊(うかつ)ではない。招待客にも公開していない場所、というのは人気(ひとけ)のない場所という意味にほかならない。  しっかり者を自称しているので、のこのこ着いていって薔薇を愛でるだけで終わらないことはわかっていた。 「申し訳ございません。……父が待っておりますので、失礼させて――――」  そう言いかけたプリシラの手を男が無理やり掴む。  笑みをたずさえてプリシラに迫るが、彼女にとってその笑みは、ただ気持ちが悪いだけだった。 (む、無理……限界だわ!)  がっつりと掴まれた手は、少し力を込めた程度ではふりほどけない。ここにはほかの招待客もいるのだから、プリシラが断固拒否すれば、どこかに連れ込まれるような事態にはならない。といっても、この会の主催者の息子、しかも侯爵子息という立場のこの男に恥をかかせていいものか、プリシラは迷っていた。
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