可愛かったあの頃……

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 飼育場所は、本堂でいいだろうと、当初は思っていた。  溂は、荒れた寺を安く借りて、住んでいる。  住居部分だけではなく、本堂も好きに使っていいと言われた。  本堂といっても、ご本尊の仏は、すでに運び去られている。前の住人は、ロックのコンサート会場に使っていたそうだ。  コンサートに使えるだけあって、本堂は、さすがに、広い。天井も高く、フロレツァールが自由に飛び回れるのに十分だ。  梁がむき出しなのも、好都合だった。  七緒は、梁から梁へ飛び移って遊ぶことができるだろう。疲れたら、止まり木代わりにすることもできる。  だが、この目論見は、最初の晩に打ち破られた。  疲れてぐっすりと眠っていた溂は、ひどい鳴き声で叩き起こされた。  一番近くの隣家まで数キロとはいえ、寺は、山のてっぺんにある。この声は、ふもとの村中にまで、響き渡っているのではないか。  溂は慌てて、本堂に向かった。  七緒は、本堂の床の上に蹲っていた。  溂の足音を聞くと、くるりと振り向いた。  目に、涙をいっぱいにためていた。  溂の姿をみると、その涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。 「アー」 弱々しい声が、恨むように鳴いた。  思わず近寄り、その頭を撫でた。     
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