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「だけどな。俺は、人間だ」
じゅんじゅんと、溂は、説いて聞かせた。
「人間にはな。大事なことがある。それをやってからじゃないと、ああいうことは、しちゃいけないんだ」
どこまでわかっているのか。
七緒はおとなしく聞いている。溂の顔をじっと見守りながら。
「いいか。まずは、気持ちだ」
溂は、七緒の鼻先で、指を一本立てた。
「好きという気持ち。それも、自分だけじゃだめだ。お互いに、好きだとなって、それではじめて、ああいうことができる」
七緒の顔面いっぱいに、喜色が浮かんだ。
羽が、今にも溂を包み込みそうに開いていく。
溂は、ぎょっとした。
「いや。好きだからって、すぐにやっていいというわけじゃない。キスとか手を握ったり……あ、お前、手がないのか。じゃあ、ハグとか。いろんなことで、相手の気持ちを確かめなくちゃならな、おいっ!」
いきなり、七緒が飛びついてきたのだ。
危ないところで溂は、自分の唇にかじりつこうとしたその顔を、ぐいと、横へ捻じ曲げた。
「だから、お互いの気持ちが大事だって言ったばかりだろ? 俺はお前のことを好きだなんて、一言も言ってないぞ!」
七緒がむくれた。
白く端正な頬に空気が入り、なんだか子どもの顔に戻ったようだ。
「あのな。さっきも言ったけど、俺は、人間だ。できたら、人間同士で恋がしたい。お前は俺のかわいいペットで、いや、人間と同じように大事な仲間だとは思っているよ? でも、番いには、なれない」
やっぱり、言葉がわかるのか。
それとも、溂に拒絶されたことが?
大変なショックを、七緒は受けたようだった。
焦ったように、体を近づけてくる。
その体を、溂は再び押しやった。
「つまり、そういうことだ。種の壁は越えられないんだ」
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