0人が本棚に入れています
本棚に追加
高校生のころ、僕は大阪市内の学校に通うべく、通学に南海電鉄を利用していた。
南海高野線。河内長野駅から緑豊かな景色を横目に、環状線に連絡する新今宮駅まで。毎朝6時58分発の急行電車に乗り、あの巨大な街の中心を目指した。
おなじような目的の利用客であふれかえる朝の鉄道は、窮屈で、居心地が悪くて、必要以上に僕を緊張させる。その気苦労をすこしでも和らげようと、僕は決まって最後尾車両の後ろから二番目のドアの付近に立つことにしていた。そこを僕の居場所だと思い込むことによって、なんとなくパーソナルスペースを確保できたような気分になれたのだ。長細い手すりに掴まり、ヘッドホンでお気に入りの音楽をききながら車窓を眺めることが、通学時の僕の癖になった。
彼女と出会ったのも、そこだった。
6時58分発の急行電車。最後尾車両の後ろから二番目のドア。たぶん、僕よりも先に、彼女のほうがそこを自分の居場所としていたと思う。
子どもみたいなひとだった。
ああ、この子、昨日も見かけたなと、はじめて気がついたとき、僕は彼女を一目見てそう思った。
子どもみたいなひと。
周囲の乗客が一様にスマートホンや新聞に目を落とすなかで、そのちいさくて白い手を窓にべったりと付け、流れていく景色をじっと見つめる横顔。幼子のようにまるい鼻と目がかわいらしかった。背が低くて、手足が棒のように細いから、ほんとうに小学生くらいの女の子にも見えるけれど、おそらく僕よりすこし年上だ。
大学生だろうか。
いつも重そうなリュックサックを背負っていて、髪がわずかに青みがかっている。毎朝そこに立っている彼女は、僕の胸もとで、時々背伸びをするようにして、窓の向こうの高い空を見上げる。毎日、毎日、天下茶屋駅で僕より先に降りていくまで、飽きもせずに。
最初のコメントを投稿しよう!