砂糖菓子

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悪戯っぽく目を細めた彼女に、僕は、当然のようにどきどきした。どきどきしながら、なんだかくたびれたような気持ちになって、ふと遠くの翠巒にかかった薄い雲を見やり、言った。 「……そうなんや」 特別なことなどなにもない。ただ、このあきれるほどにきれいな目をした少女が、どうしようもなくかけ離れた存在であることを思い知らされたような気になった。 自分がまだ青臭い少年だからとか、逆に大人になり過ぎたのだとか、そういうことは関係がなかった。母や姉、クラスの女子など僕の周りにいる女性たちと彼女とでは、圧倒的に何かがちがうようだった。 そのことが、なんだか僕をひどく打ちのめした。 決して手の届かないひと――――まるで、この世界のものではないものに手を伸ばしているようだと――――そう、思った。 「おれも一緒に探します」 と、そのひとことを告げるのにどれだけ時間がかかったか。 彼女は僕に視線を移して、ありがとう、と言った。とてもやさしい重みを孕んだ「ありがとう」だった。彼女がリュックサックを背負いなおすと、なかから奇妙な音がした。ボコ、とか、モコ、とか、そういった鈍い音。何が入っているのかきこうと思ったが、やめた。余計なことをきいて、変な奴だと思われることがこわかったから。 自らの心音と呼吸の音と、電車特有のゆるやかで規則的なリズムが、鼓膜の底で渦を巻く。 ――――次は河内長野、河内長野です 彼女の荷物にぶらさがった定期券。その有効区間はおどろいたことに、高野線終点の極楽橋駅から、南海本線終点の和歌山市駅となっている。 彼女は、相変わらず小鹿のようにまっすぐな目で、ぴかぴかの空を見上げている。 それから、僕の綿菓子のようなささやかな青春は数ヶ月に渡って続いた。 会話と呼べるような会話はほとんどなかったが、それでも僕たちは毎朝決まっておなじ電車で顔を合わせ、肩を並べて窓に貼りついた。手のひらとおでこを冷たい硝子にくっつけて、ふたりでじっと空を睨んだ。 街から街に向かう途中の、長いようで、とても短い時間。 満員電車のなかで僕たちだけが共有する、実体のない、すぐに溶けてなくなってしまう甘いもの。 深山の雪も解けはじめる、真新しい春を目前にしたある日を境に、彼女はぱったりと姿を見せなくなった。
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