はじまり

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 強張った体を解し、そこにあったものに腰掛けて男は息を吐いた。顔を拭う手は皺だらけで髪も白一色だというのに、男の動作はかくしゃくとしている。  男は目を閉じ、瞼に浮かぶ二人の青年を思い返していた。一人は生涯を共にすると約束した年下の青年。もう一人は、自分のわがままに付き合わせたがために、不幸な目に遭わせてしまった幼馴染みの青年。 「私を恨んでいるか? いや、こんな聞き方は卑怯だな」  絶対に、恨んでいないと答えるから。 「あの子もそうだ。迷惑をかけたりすれ違ったりしたけれど、あの子はいつも真摯に向かってくれた」  空気が揺れ、男は自嘲気味に笑うと皺を刻んだ額に掌を押し当てた。温かな風が男を包み、男はゆっくりと顔を上げて眩しそうに宙を眺め見る。再び風が吹き薄紅色の花弁が舞い上がり、目を眇めると世界は新緑に変わっていた。彼と会ったのもこんな、緑が美しい日だった。 「お前には適わないな」  まるで慰めるみたいに小さな花弁が掌に落ち、男は指の中でくるりと回しておもむろに唇に押し当てた。今度は咎めるように強い風が一つ吹いて、花弁が空へ消えていく。 「私の話を、聞いてくれるか?」  間近に感じた気配に男は頷き、ゆっくりと口を開いた。 「あの子と会ったのは、本当に偶然だった。まるでお前が蘇ったのかと思ったほどだ」  街中で彼を見つけた時は心底驚いた。遠い昔亡くした親友がそのままの姿で現れたものだから、頭がおかしくなったのかと己を疑った。それほど、彼は似ていたのだ。あの時はそう感じた。  語る男の目は穏やかで、愛しい者を思い出したからか口元が緩んでいた。
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