いとしばなし

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 時間はかかるがメールのレスポンスは悪くない。互いの趣味や好きな食べ物、その日何があったのかを教え合う。だが最初は「そんなものか」と思ったやりとりは一向に進展せず、次第に駈は焦れていった。  駈のことが気になって藤本はメモを残したはずなのに「会いたい」の一言もない。  メモを貰って一週間を経て、ついに駈から会う約束を取り付けた。  もちろん警戒は怠らない。待ち合わせの一時間近く前からこの辺りを張っていたのだ。何度も行き来して、時間が近くなったら物陰に隠れ、それらしい人物が危ない人だったら引き返そうと思っていた。  相手の服装は事前に聞いているし、駈も伝えていた。もちろん、駈と似た若者が多いのを見越しての格好で、待ち合わせ場所だ。  駈は、中央に鎮座する像の隣で背筋を伸ばして経つ男をちらりと眺め、何度目になるかわからない溜め息を吐いた。藤本が予告していた格好に見えなくもないが、これは違うだろうと除外していた。だが待ち合わせ時間が迫っても該当する人物は彼しか見当たらない。 「まじで?」  一人呟く駈に反応するように男がこちらを向き、軽く目を瞠り足を踏み出した。これだけ人がいるというのに、男には迷いがなく真っすぐこちらに向かってくる。 「まじかよ……」  淀みない足取りで歩いてくるのは、ダークグレイのスーツに黒のループタイを提げた、どう見ても自分の倍以上は生きているだろう頑固そうな男だった。
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