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南海なんば駅のホームに電車が滑り込んだ。
俺は電車から降りて、ほかの大勢の乗客たちと一緒に改札を抜けた。
今日は十二月に入って最初の日曜日だ。
時刻はまだ夕方の五時前だが、最近すっかり日が短くなったこともあり、外はすっかり暗くなっていた。
俺は難波の街の夜景を眺めながら駅から高架のようになっている通路を渡った。
そのまま五分くらい歩くと迷うことなく目的地のなんばパークスに到着した。
なんばパークスは南海なんば駅に直結した巨ショッピングモールだ。
なんばパークスに来るのは小学校五年生の頃に親に連れてきてもらって以来だった。
その時、父親から昔は南海ホークスの本拠地の球場だったと教えられたのを覚えている。
約十年ぶりのなんばパークスは、屋内はどこもかしこもクリスマスイルミで彩られており、すっかりカップルのデートスポットになっていた。
屋内に入って四階に上がり、待ち合わせ場所のカフェ「ファンシーガーデン」までやって来て驚いた。
そこは名前の通りとてもファンシーなカフェで、店の入口は全面白とピンクのパステルカラーて覆われ、まるで異世界の入口のように思われた。
全員の注文した商品がテーブルに揃った頃、佐野が言った。
「今日、みんなに集まってもらったのはほかでもない。俺達の長年の懸案事項である『大学生活における効用最大化問題』について話し合うためだ。今日はぜひみんなの忌憚なき意見が聞きたい」
「ああ、あの、大学生の間にどうやって彼女を作るかっていう話だろ」
切り分けたパンケーキを口に運びながら、古沢が言った。
「もう卒業まで3ヶ月くらいしかないんだし、今から彼女を作るなんて無理だろ」
佐野は、経済学部に所属し、俺たちと同じ四回生だが、浪人と留年を一回ずつしているため、年齢は俺たち3人より2歳上である。
佐野は、身長は低く小太りでお世辞にもカッコいい外見とは言えないが、大学ではサッカー部に所属していて行動力もあり、(また、何より重要な点なのだが、河内たちに比べると女性経験が豊富であったので)、仲間内ではリーダー的存在だった。
古沢は法学部に所属しており、身長も高く、顔も頭も良いのだが、常にやる気のない雰囲気が漂っており、まるでオオナマケモノから進化したような男だった。
「佐野も古沢も河内も文系学部なんだから、彼女作るチャンスいっぱいあるだろ。僕の周りなんて文字通り男しかいないよ」
ハッシーがスプーンでパフェを口に運びながら言った。
ハッシーは工学部に所属し、分厚い眼鏡をかけて痩せてひょろ長く、典型的な真面目な理系男子といった風貌だった。
来年4月から大学院に進学する予定のため、毎日男だらけの研究室に籠もりきりだった。
「ハッシーが1番最近女の子と会話したのはいつ?」
古沢がハッシーに聞いた。
「うーん。先週の日曜日かなあ。TSUTAYAで会員カードを作ったんだけど、その時店員のお姉さんに申込書の書き方を優しく教えてもらったんだ」
ハッシーがニヤニヤしながら答えた。
「マジかよ、ハッシー。お姉さんかわいかった?」
それまで椅子の背もたれにもたれっぱなしだった古沢が、前に身を乗り出しながら聞いた。
「うん。笑顔がすごくかわいくて、何度か目があった時とか恥ずかしそうにはにかんだりして、お姉さんに恋してしまったかもしれない」
「マジかよ、ハッシー、羨ましすぎるだろ!どこのTSUTAYAだ?」
古沢が聞いた。
「古沢。そんなことで羨ましがるな。ハッシーは少し優しくしてもらっただけで恋に落ちるな。お姉さんは仕事で仕方なく優しく教えてくれただけだ」
佐野が言った。
あまり広くない店内には、河内たちのほかに、若い女性グループとカップルが三組づつテーブルに座っていた。
河内は会話を始めてから隣のテーブルに座っていた髪の毛の色を金髪やピンク色に染めた女性グループからの視線が気になって仕方がなかった。
まるで、電車の女性専用車両に乗りその状況に気付いていない中年男性に投げかけるような視線だったので、河内は会話に集中することが全くできなかった。
しかし、友人3人はそんな視線は気にしていないか、そもそも気付いていないようだった。
「おい、河内はどうなんだ。最近気になってる女の子はいないのか?」
佐野が聞いた。
「まあ、いることにはいるけど」
河内は答えた。
「マジ?どこで知り合ったんだよ?」
古沢が聞いた。
「バ、バイト先の後輩」
「その子の名前は?」
佐野が聞いた。
「えっと、出口南海さん。南海電車の南海って書いて、みなみって読むんだ」
「みなみちゃんか。なんか『タッチ』みたいで、青春って感じですなー」
ハッシーが言った。
「いやまあ、全然話したこともないし、ちょっと気になるって感じなんだけど」
「恋の始まりなんてそんなもんだ。ちょっと気になるところから始まるんだよ」
佐野がコーヒーをすすりながら言った。
「そうそう、少女漫画の主人公も毎回ちょっと気になるかもってところから、恋愛が始まるよね」
ハッシーが言った。
「いや、少女漫画の主人公と同じにされても。出口さんは華やか系の女の子だから、IPの俺が仲良くなれるわけないよ」
「大丈夫だ。お前はIPだが、イケメンだろ。世の中には河内よりも重度のIPの人でも結婚している人たくさんいるだろ「」
佐野が言った。
「そうだよ。河内はルックスは良いし性格も良いから少し頑張れば彼女できるよ」
ハッシーが言った。
「そうだぞ、河内。頑張って俺とハッシーにIPも彼女作れるところを見せて勇気づけてくれよ」
古沢が言った。
「俺たちがちゃんとサポートするから安心しろ。今日はみんなで河内の南海ちゃん攻略作戦を練るぞ!」
無理だと言う河内を押し止めて佐野が強引に今日の方針を決定した。
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