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「あなたは、すぐに犯人の少年を心配した。謎を解くよりも先に、あの子のことを思いやった。僕には、それがとても重要なことのように思えるんです」
それは僕にとっては難しいことですから、と結城さんは静かな口調で続ける。
私は黙ったまま結城さんに視線を注いだ。
結城さんは真剣な色を双眸に湛えていた。
まったく、結城さんは冷淡そうなのに口が上手いんだなあ・・・・・・。そう思いつつ、本当は嬉しかった。私は嬉しくて堪え切れず、泣いてしまいそうだった。
「貸借対照表・・・・・・バランスシートって知っていますか? 右側の資本と負債は、いつだって左側の純資産と同じ金額になるんですよ。いつだって左右が同じ。・・・・・・僕という人間は、数字で割り切れること以外は苦手なんです。・・・・・・けっこうな欠陥人間です。すみません。だから少し、うっかりしたところもある大らかな君なら、大目に見てくれそうだと思ってしまいました。だから君がいい。君と僕は、案外にバランスがとれているとは思いませんか?」
「・・・・・・思います」
「良かった」
結城さんは微笑んだ。整いすぎた彼の双眸に、暖かな色が宿る。
うん、これから一緒にやっていけそう・・・・・・。
この時、私は初めて心からそう思った。
「私は、あなたと一緒に、やっていきたいです」
「はい。僕もです」
「このチーズケーキ、とってもおいしいです」
「気に入ったなら何度だって食べに来ていいですよ」
その口調から、結城さん自身もここの常連であることが窺える。きっとアメリカ村の猥雑なファンキーさを、彼もさりげなく気に入っているのだろう。
「太っちゃいますよ」
私は照れたように笑う。
結城さんも笑った。私たちはテーブルの下で、こっそりと手を繋いだのだった。
今日の私たちはプライベートなのだ。
そもそも私は、明日の予定があるから一刻も早く帰りたいと思っていたけれど、やっぱりここに来て良かったのだろう。
だって。
『私』は結城さんの経営する会計事務所の従業員であるだけではない。
これから探偵業の助手になるというだけでもない。
明日は、朝早くから美容院に行って、髪を整える予定になっているからだ。
結城さんが改まった声で告げる。
「恵里菜さん」
「はい!」
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