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「どうぞ、恵利菜さん!」
「ごちそうになります」
チーズケーキ専門店『雪華』心斎橋アメリカ村店の店内に、甘い香りが立ち込めている。たった今、人気ナンバーワンのチーズケーキが焼き上がったのを知らせるベルが、瀟洒な板張りのフロアに鳴り渡ったところだった。
「君は、こういう所によく来るんですか?」
「はい。今もですし、高校時代にも、よく友達と来ましたよ」
私は答えるがいなや、思わず唇をほころばせてしまう。少しだけ焦げ目のついたチーズケーキの芳しい匂いを嗅いでいると、つい表情が緩んでしまうせいだ。
その直後、若いウエイトレスが私たちのテーブルまで、二人分のチーズケーキを運んできてくれた。
私の名前は大沢恵利菜。勤め先の会計事務所の上司である結城さんが、このお店に私を連れてきてくれたところである。
欧米風の整った美貌の持ち主である結城さんは、周囲の視線を痛いほど集めているので、向かいの席に座る私は、いささか落ち着かず、恐縮せずにいられなくなる。
まあ、結城さんは26歳の若さで公認会計士の資格を持つ経理のエキスパートなだけではなく、身近な事件をあっさり解決してしまう、いわゆる探偵という副業も持っている人なので、平凡な二十歳のOLである私が、一緒にいて緊張しても仕方ないだろう。
私たちは向かい合ってチーズケーキを食べ始める。ふと結城さんが口火を切った。
「極彩色の服を着た若者に驚きましたか? ここは僕の兄が経営する店なので、遠慮しないで食べて下さい」
「は、はい!」
本当はアメリカ村の放つ奔放なエネルギーに、私は圧倒されていた。まるで若者の奔流である。
「恵利菜さんには、いずれ勉強がてらに、この『雪華』の決算書を読んで頂きますね。実は、この店では五年ほど前から、流動資産におかしな動きがあるんです」
「え? おかしな動きっていうと?」
結城さんは言葉を繋ぎかけたところで、自分の無粋さに気が付いたという様子になって口を閉ざした。
「・・・・・・すみません。硬い話になってしまって。せっかく今日は、おいしいものを食べるために来たのに。経営の話は、今度にしておきましょう」
「・・・・・・はい」
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