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 波ひとつたたない、とても穏やかな心。平然と、顔を上げて涙ひとつ流さない。  あの人のために流す涙なんかなかった。  私を、人間として扱ってやしてくれなかったあの人に、私があげるものなんかせいぜい葬送曲くらいなものだ。それでさえ、あの人に捧げるには大それている。  私は二年であの人の全ての技術を盗み、三年目であの人を越えた。  十五歳の子供にあの人は負けたのだ。  海外でも国内でも評価の高かったあの人にはすぐにわかったのだろう。だから、あの人は執拗に私に厳しく当たった。  あの人は壊れていった。  けれど、私に非があるだろうか。  私はあの人に壊されたのだから。  あの人は私の声を、奪ったのだから。 「先輩は、音楽が好きなんですね」  はっ、と顔を上げる。  静まり返った葬儀場にはほとんど人がいなかった。私は五時間も同じ曲だけをひたすら弾いていたのに、声をかけられるまで全てが終わったことにも気がついていなかった。  彼女が笑う。  父親が死んだというのに、からからと声を立てて笑う。  黒い、ワンピースが薄い体にぺたりと張り付いていた。白い肌。泣いたような後もなかった。  優しく、鍵盤に触れる指先。
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