初花染めの色深く

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「…友利からも聞かされた」 「自分から言いたくてさ」 「悔しがるとでも思ったのか。生憎、腐れ縁が切れてすっきりしているんだ、」 ぎっとイスの軋む音がする。顔を上げると、こちらを振り返った志野と目が合った。作り笑いはなく、心底面倒だという表情をしていた。 「幸せにでもなんでも勝手になればいいだろう。俺には関係ない」 「俺なんかの、どこが好きだったわけ?」 志野は再び背を向ける。 「忘れた」 「恥ずかしがるなよ」 「うぜえ」 「…俺は、志野にも幸せになってほしい」 しばらく駅前の喧騒だけが遠くの祭囃子のように聞こえていた。 「言われなくてもな、十分もう幸せなんだよ」 * 足取りも軽く、横断歩道を渡る。 …それにしても友利のやつ、 「一緒に暮らすって本気かよ」 にやけ顔をごまかすために上を向く。晴れ上がった空は高く、さざ波のような雲がひろがっている。街には秋の気配が混じりはじめていた。 *** おわり
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