初花染めの色深く

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「えっ今日ですか」 という主張は届かなかった。通話はすでに切れてしまっている。 「あー写真のプリントアウトに出かけたかったんだけどなぁ」 …仕方ない、明日の朝に行くか。 俺はおとなしく浮気旦那の資料をまとめるためパソコンを起動させた。 今回はホテルから出てくる様子を掴んでいるから言い逃れはできないだろう。 相手の女のことを調査内容に含めるか悩んだが、確証はないし伏せておくことにした。同じ会社の部下のようだし嫉妬の矛先が向けられると厄介だ。 …離婚まで話が大きくならなきゃいいけど。 それからきっかり一時間後、ドアがノックもなしに開いた。 「先ほど電話をした者です」 「ああ、はい。どうぞソファへ、飲み物はコーヒーでいいですか?」 とくに返事はなかったが俺は席を立った。 やかんに水を入れコンロにかける。 男はコツコツと神経質な靴音を立て、室内の様子を眺めながらソファに座った。磨かれた靴、生地の良いスーツ、重そうな腕時計。それら全てが鎧に見えた。
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