初花染めの色深く

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腑に落ちなかったが反論するのはやめた。 「…わかりました。詳しくはコーヒーを飲んでからにしましょう」 ズッとコーヒーをすする。今日の一杯も上出来だ。向かいに座っているのが暗い顔をした男でなければ完璧なのに。 …それにしても、顔色の悪い男だな。 暗いというより黒い。日焼けをする季節でもないし地黒だろうか。 …わざと焼いているなら健康的には見えないから失敗だな。 と考えて、余計なお世話かと思った。 男は不味そうにコーヒーを飲んだ。終始こちらに不信感をにじませつつも契約書にサインをし、着手金として五万円を置いて帰った。 榛豊(はしばみ ゆたか)というのが男の名前だった。妹の名前は榛裕子(はしばみ ゆうこ)。 俺は外資系保険会社の名刺を見つめながら、さっきまで居た男が妹を心配しているようにはどうしても思えなくて釈然としなかった。 …まあ、兄弟のいない俺にはわからない気持ちか。 資料としてもらった写真の中でピースサインをする女の子は可愛らしく、明るい笑顔は守るべきもので間違いない。
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