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頭が潰れた。音は聞こえなかった。痛みも感じなかった。激しく雨が降っている。周囲には誰もいない。静かに、ひっそりと、なんともあっけなく、暁は死んだ。
そう思った瞬間、細い体躯はしなやかな腕に抱き留められている。宙に浮いた足の下には、深い深い闇が広がっていた。
「死ぬの?」
耳元で声がする。鈴を転がすような、とはこのようなことを言うのだろうか。男性のものらしきそれはひどく透明な音なのに、この土砂降りの中でも鮮明に耳に届く。
「どうせ死ぬなら私にくれないか」
何を、と暁は心中で問う。自分は何も持ってはいない。金も、家族も、帰る場所も、帰りを待つ人も。在るのは自分自身という存在だけだ。
声はまるで暁の心中を読み取ったかのように「君そのものがほしいんだ」と笑った。
ほしいのなら持っていけばいい。命でも、身体でも、この心臓でも。暁にはもう全て不要なものだった。
「全部もらうよ。君を」
体が持ち上げられて、屋上のタイルに足がつく。ゆっくりと振り返れば、雨で白く烟る視界の中、美しい人が妖しく笑んでいる。透けるように白い肌。長い灰色の髪。そして、血のような赤赤とした瞳。女性とも男性ともつかない中性的な顔立ちだが、その目を瞠る長身と声音や骨格で男性であると知れる。
「Good morning,Ciao,ニイハオ、オハヨウ? 生まれ変わった気分はどう?」
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