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言うが早いか、白い手に頬をとられて口づけられていた。抵抗はない。触れるだけの口づけは短く、雨に濡れているはずなのに妙に熱かった。
雨ではないものに湿った音を残して唇が離れていく。間近で血の色の瞳に見据えられて、冷え切った体の中で何かが震えた。その瞬間暁は彼のものになった。
「どうして飛び降りたの?」
「人を殺したんだ」
「心中?」
「いいや。僕を捨てようとしたから殺した。殺したはいいけれど後処理が面倒で、もう死んだほうが楽かなって」
「君はその人を愛していたの?」
「うん。僕を愛してくれる人はみんな愛してる」
「殺して後悔してる?」
「ううん。僕を愛してくれないなら要らない」
「そう。死体は?」
「そのまま。じきに見つかるよ」
「そう。じゃあ消さなきゃね」
彼はセシルと名乗った。セシルは背が高く、顔だけでなく体躯も美しい。背の中ほどまで伸びた髪も、雨に濡れてしっとりと艶を含んでいた。こんなに美しい人を暁は産まれて初めて見た。
「消すの?」
「ああ、消すさ」
二人揃ってびしょ濡れのまま、屋上から屋内へと入る。カーペットを敷き詰めた床にぼたぼたと雨滴が垂れた。
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