1 contorting

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 激しく雨が降っていた。  十二階から見下ろした夜の町は濡れそぼって、いつもは鬱陶しいくらいに大きな存在を見せ付けるくせに、今では妙に矮小に見えた。  爪を真っ赤に塗った裸足の足でコンクリートの上に立つ。指の先から雨水が滴って遥か彼方の下界へと落ちていくのを、ただ、ぼんやり見ていた。  自動車のライトなのか部屋の明かりか信号か、もしくは煙草に火をつけた小さな火かもしれない。チカリと何か小さな光が瞬いて、それをきっかけに、飛ぼう、と強く思った。そして思ったと同時に、脆弱な身体は全てのしがらみから放たれ、自由になっていた。  すさまじい風圧が全身を襲う。痛みはあったが、恐怖はなかった。地上からの解放。重力からの解放。この町からの解放。この世からの解放。自分自身からの、解放。生という領域に身を置いては味わうことのできない快楽が、一陣の風のように全身を包んだ。  ああ、僕は死ぬのか、と(あきら)は恍惚の笑みを浮かべる。今この身に溢れる自由という快楽が死ならば、最高に幸せだ。早くその向こう側を見たくて、地面が近づく前に目を閉じた。  ぐしゃり。     
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