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てっきり以前のように無視されるだろうと覚悟していたアオを待っていたものは、まるでアオとの諍いなど何もなかったように自然に接してくるシオンの態度だった。以前とは違うシオンの態度は、周りの人たちもすぐに気がついたようだった。最初は戸惑いを見せていた人の中には、それをきっかけにアオに話しかけてくれる者も出てきた。
結局アオたちのゲストルームに忍び込んだ犯人は見つからなかった。最初アオからの話を聞いたシオンは憤り、犯人を見つけようとしたのだが、アオ自身がそれを望まなかった。もちろんアオだって、シオンの切り抜きを勝手に抜き取った犯人には腹が立つ。けれど、シオンの近くに自分のような不審な存在がうろついていることをよく思わない人間の気持ちも、正直わかるのだ。
穏やかに自分を見つめるシオンの瞳。そのたびにアオはうれしくて落ち着かないような、そわそわした気持ちになってしまう。
「あいつ、何考えてるか全然わかんねえ・・・・・・」
話しかけられれば期待をしてしまう。ひょっとしたらとバカな夢を抱いてしまう。もっともっとと、強欲にねだってしまう。
「あー、くっそ・・・・・・!」
アオはくしゃくしゃと髪をかき混ぜた。
分相応な望みは持つな。期待はするな。だって、シオンにはマリアがいる。
ふっと冷静さが戻ってきて、アオは口元を歪めた。
そうだ。シオンにはマリアという少女がいる。
そのときだった。じっと見られているような視線を感じて、振り向くと、いま頭に浮かべた少女がアオと同じように目を丸くさせていて、びっくりした。
「マリア・・・・・・?」
思わず少女の名前を呼び、慣れ慣れしかったかと、アオは慌てて口を閉じた。けれど、少女は嫌がるどころか、まるでアオに話しかけてもらったことがうれしいことのように、パッと瞳を輝かせた。
「シオンのお客さん?」
「アオでいい」
アオは急にバツが悪くなった。少女には何の恨みはないが、シオンの”つがいの相手”だと思うだけで、喜んで話したい相手でもなかった。すぐにでもその場から立ち去りたかったが、少女はアオの意思に反して近づいてきてしまう。
きょうの少女は、デニムに長靴、それから青いウィンドブレーカーといった普段着だった。飾らない格好をしていても充分美しい少女に、アオは軽い嫉妬を覚えた。
この少女が、シオンが大事にしている相手だ。
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