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 まだ発情期までには間があるはずで、アオは近日中に薬をとりにいかなければと思いながら、なかなかそのタイミングが見つけられずにいた。そのとき、くらりと目眩がした。まずいとアオが焦ったときには遅かった。  ガラガラガッシャーン・・・・・・!   突然甲高い音が工場内に鳴り響き、アオは作業途中の車のパーツが散らばる中に尻餅をついていた。 「アオ! ちょっとこっちへこい!」  でっぷりと太った工場長に呼ばれ、アオは散らばった部品の後片づけもそのままに、事務所へと向かった。 「お前、そろそろアノ時期なんじゃないか?」  発情期の間は抑制剤を飲んでいても何も手につかなくなるため、数日間仕事を休ませてもらっている。もともと工場長がそのことをあまりよく思っていないことに、アオは気づいていた。 「あの・・・・・・、すみません」  迷惑をかけているのは事実で、アオは唇を噛みしめうつむいた。 「お前さ、臭いんだよ。メスの匂いがぷんぷんしてるんだよ」  アオが反論できないことを見通すと、工場長はその顔に嫌らしい笑みを浮かべた。 「なあ、オメガってのは精をもらえるなら相手は誰でもいいんだろ? 相手の精がほしくてほしくてたまらず、アンアンよがるんだってな」  工場長はアオに顔を近づける。男の息は、腐ったタマネギのような臭いがした。 「いったいここに何人くわえこんでんだよ?」  耳元でささやかれ、アオはかっとなった。ミミズのような太い指が自分の尻を撫で回すのを、アオは下を向いて堪えた。以前からたびたび、アオは工場長から性的嫌がらせを受けることがあった。そして、自分以外にも、彼が弱い立場の者に対して同じような行為をしていることをアオは知っていた。その中には、アオと同じオメガの青年もいた。  駄目だ、堪えろ。こんなこと何でもない。たいしたことじゃない。  きつく握りしめた拳が、ぶるぶると震える。  工場長はアオが無反応なことが面白くないようだった。ふん、と鼻息を荒く吐き出すと、手を離し、ニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべた。
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